日本動画

日本動画とは、かつて存在したアニメ制作会社である。
過去に同名の会社が4社確認されている。(2~4に関しては同一会社である可能性も指摘されている。)


概要

1.日本動画株式会社 (1948年 - 1952年)

政岡憲三、山本善次郎らが設立したアニメ制作会社。
1937年に設立された日本動画研究所がその源流となっている。1952年に日動映画に商号変更した後、1956年に東映に買収され、東映動画となる。現在の東映アニメーション。

2.日本動画株式会社 (1966年? - 1969年? , 1969年? - 少なくとも1981年)

映画プロデューサーで政治家の中島源太郎が設立したアニメ制作会社。東京都港区六本木に所在していた。

登記上では1967年に「九尾の狐と飛丸」を制作後、1969年3月に一度解散している。本作が興行的には惨敗したことや中島が政界入りした (*1)ことが関係すると言われる。

登記上の解散後も活動が見られ、1971年と1973年に「日本漫画映画発達史 漫画誕生」「日本漫画映画発達史 アニメ新画帖」の二部作を制作した (*2)ほか、時期不明ながらPR映画「沖縄CTS」を制作している。また、1979年には岸本政由氏が日本動画株式会社所属として他社作品である「ザ・サカナマン」に参加している。解散後の作品は全て新作アニメーション作品では無いと思われる。解散後はアニメ制作部門を設置していなかった?
なお、ユニ通信では1975年版までアニメ会社名簿に名前が載っていた。名義は最後まで中島源太郎。

1981年時点での代表者は、岩波映画出身で解散前にも取締役を務めた岸本政由氏。いつ頃まで会社が存続していたかは判明していない。

TCJ動画センター(現・エイケン)との繋がりが強かったようで、同社製作の「冒険ガボテン島」に制作協力として関わっていたほか、日本動画製作の「九尾の狐と飛丸」にもTCJが仕上げと彩色で参加していた。

少なくとも70年代初頭にはテレビ局(フジテレビ?)に「九尾の狐と飛丸」の放映権を売却しているほか、70年代後半に発行されたエイケンクロニクルでは「九尾の狐と飛丸」がエイケン作品として紹介されている。(権利自体を売却?)

ちなみに、早稲田大学演劇博物館には企画段階で幻となったと思われるアニメ映画「釈尊物語」や連続テレビ映画「挑戦」(1968年4月)の企画書が所蔵されている。

関連リンク


3.日本動画 (1969年ごろ? - 1975年ごろ?)

時報映画社がアニメ部門の子会社として設立したアニメ制作会社。ご存知「星の子ポロン」「ガンとゴン」の実制作を手掛けた。
過去に草創期のナックの作画部門として「すばらしい世界旅行」などに参加していたスタッフが所属していたという。
鈴木孝夫氏が参加していることから、氏が設立したスタジオマンモスが実制作を手掛けていた説がある。

ゼンちゃんツーちゃん」や「ヤッちゃんと新入生」などの上映用アニメも日本動画制作であるかは定かではない。しかし、ポロンやガンとゴンのキャラデザを手掛けた桑島東輝が「ツーちゃんといっしょに見よう」で演出・作画を担当しているほか、ポロンと制作時期の近い「ヤッちゃんと新入生」は特にポロンに似た雰囲気を醸し出していた。

4.日本動画社 (1980年代)

設立の背景などはまったく不明。
みゆきプロダクションと一緒に仕事することが多い。


作品

チャキチャキベイビー(1973年)

本コミカライズ作品には「日本動画」がクレジットされているが、何れの会社であるかは判明していない。
なお、当時存在していた日本動画は「2」と「3」のみである。
  • 「テレビマガジン」1973年1月号~3月号に連載。
    • 余談であるがナックの「スーパタロム」と同時期に連載されていた。
  • 原作:西田明日美(初出誌では西田明美)
  • 作画:吾妻ひでお
  • (C)日本動画・グッドウイル(こちらこちらより)
    • なおこの「日本動画」がポロンのアニメーション制作の「日本動画」であるかは定かではない。
  • 魔法使いチャッピー 吾妻ひでおテレビ・アニメ傑作選2(1981)」に収録されている。
  • 吾妻ひでお氏によると元々アニメ化する予定だったものの企画が頓挫し、連載もすぐに終わったとのこと。また原作の絵本が存在する(タイトルは不明)。(情報源1情報源2)

  • 最終更新:2018-06-18 01:59:15

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